一般社団法人OSKグローバルビジネス・プロモーション(GBプロ)では隔月ごとに優秀な中小企業の経営者をおまねきし、その先駆的な経営、商品開発等の施策を紹介いただいています。

今回は、環境変化を先読みしその取扱い商品、市場に知恵と先見性を発揮し事業の伸長を図っておられる日本テクノロジーソリューション株式会社代表取締役岡田 耕治氏にお話をお願いしました。
当日のプレゼン会の様子は動画をご覧ください。→https://youtu.be/9-zQ58ZJNF4
概要は以下の通りです。なお同社のWEBは→https://www.solution.co.jp/
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皆さん、こんにちは! 日本テクノロジーソリューション代表の岡田と申します。本日は皆様に、私たちの歩みと未来への挑戦について、ぜひ知っていただきたいと思っています。

さて、私の個人的な話から入って恐縮ですが、私は兵庫県の高砂市で生まれ育ちました。そして、学生時代にはアフリカ最高峰のキリマンジャロ(5,895m)に登頂もしました。また東京・日本橋から伊勢神宮まで歩き通すといったハードな経験もしています。これらの経験が、後の私の経営哲学に大きな影響を与えています。

日本テクノロジーソリューション、転換の歴史
弊社の歴史は、少し独特かもしれません。1976年に「岡田電機工業」として創業し、父が社長を務めていました。しかし、1999年5月、父が62歳で急逝し、私は突然、事業を引き継ぐことになったのです。当時、私はまだ30歳のサラリーマン。まさに青天の霹靂でした。
ブラウン管事業の危機
当時の主力事業は、ブラウン管の検査機製造でした。しかし、これが危険な兆候が見え始めていました。社員は8名ほどでした。ブラウン管の市場は既に縮小の一途を辿っており、このままでは先が見えていることは明らかでした。社内の雰囲気も受け身で、新しい提案が生まれないことに危機感を覚えました。技術は重視されていましたが、マーケティングや営業は軽視され、文系出身の私には理解できない部分も少なくありませんでした。

グラフを見ていただければ一目瞭然です。2001年を境にブラウン管の出荷は激減し、薄型テレビへと一気にシフトしていきました。家電業界が苦境に立たされた、あの激動の時代です。
通常であれば、ブラウン管検査機が売上の8〜9割を占めていた弊社は、間違いなく倒産していたでしょう。
だからこそ、私は1999年に事業を引き継いで間もなく、2001年を迎える前に「何か新しいことを始めなければならない」と強く決意したのです。
新たな挑戦、そして「トルネード」の誕生
ブラウン管が世界中で使われていた時代は終わりを告げ、2014年には市場から完全に姿を消しました。私は、ブラウン管だけでなく、液晶やプラズマといった新しい分野の可能性を探り始めました。ある時、これまで取引のなかった会社にプラズマ検査機を1台、2000万円で販売することができました。

しかし、その3ヶ月後、2号機の引き合いがあったものの、提示された価格はわずか700万円。中国や台湾、韓国の企業がそれくらいの価格で作れるというのです。グローバル調達が進む中、この分野での競争は困難だと痛感しました。
自社ブランド「トルネード」の開発
この経験から、私は2000年の時点で「電気業界、特にディスプレイ分野での生き残り は難しい」という結論に至りました。そして、同年10月、私たちは大きな決断を下します。それは「自社ブランドを立ち上げる」という宣言でした。企業のアイデンティティを確立するために、これは不可欠だと考えたのです。
2001年からは、本格的に市場開発に着手しました。これが私たちのターニングポイントです。これまで培ってきた技術や製品、サービスを、全く新しい市場に投入しようという試みでした。私たちは「自分たちの技術は何に使えるのか?」という問いを徹底的に議論し、食品、医薬品、化粧品メーカーに焦点を当てることにしました。

驚くべきことに、私たちはわずか3ヶ月で新製品を開発しました。4月に構想を始め、7月から開発、9月には展示会に出品したのです。長年下請けとして納期に追われてきた経験から、あえて3ヶ月という短期目標を設定しました。技術者たちの底力には感服しましたね。彼らは「必ずやる」という強い意志で、見事に目標を達成してくれました。
こうして誕生したのが、私たちのブランド「トルネード」です。様々な食品、医薬品、化粧品、トイレタリー業界などで使われている、パッケージをシュリンク包装する機械です。
百聞は一見に如かず。ご覧ください、
このフィルムがぴったりとフィットしていく様子を。四方からの風でフィルムを巻くことから、「トルネード」と名付けました。この技術で特許も取得し、私たちは地道な努力で食品、薬品、化粧品メーカーへの営業を続けました。
地道な営業努力と確かな実績
私たちは、コンビニやホームセンター、ドラッグストア、スーパーに実際に足を運びました。汚れている商品を見つけては裏の電話番号に連絡し、「商品が汚れていますね」と、時には図々しいとも言える営業活動を展開しました。今ではそのような営業は行っていませんが、当時は本当に大変でした。しかし、この活動を通じて、多くのメーカーさんとご縁をいただくことができたのです。
実は、もしこの包装機械業界のことを少しでも知っていたら、私たちは怖くて参入できなかったかもしれません。なぜなら、包装は非常にアナログで、「きれい」「汚い」といった感覚は主観によるからです。「シワがある」「もっとこうしてほしい」といった要望は尽きません。しかし、私たちはこうした課題を乗り越え、現在では世界33カ国、1000台以上の納入実績を誇るまでになりました。この実績は、本当に皆様のおかげだと感謝しています。更には本体の前後装置製作、少量作業請負を含むサービスにも力を入れています。
弊社のシュリンク包装は、日本初の技術です。フィルムを熱で縮め、製品の形状に合わせて美しく梱包します。また、私たちは単に機械を売るだけでなく、お客様のニーズに合わせてパッケージ加工のビジネスも展開するなど、サービス化にも力を入れています。

次なる挑戦と未来への展望
しかし、私の中には常に「事業はいつかなくなる」というトラウマのような考えがありました。だからこそ、一つの分野に留まらず、常に新しい分野に挑戦しなければならないと強く感じています。
セールスプロモーション分野への進出
そこで次に取り組んだのが、セールスプロモーション分野です。メーカーさんと接する中で、CMで流れるような商品はごく一部で、ほとんどの商品は日の目を見ずに消えていく現実を知りました。かつて放送されていた「プロジェクトX」のような、開発の裏側やストーリーを紹介するプロモーションができないかと考えたのです。
現在、私たちは日経CNBCで、ものづくりの匠や挑戦する人に焦点を当てた番組を制作しています。5分間の番組や30分の特集番組など、様々な形で企業の魅力を発信しています。今年9月には防災特集を企画したのですが、限定5社の枠がわずか3週間ほどで埋まりました。良いテーマ設定ができれば、必ずニーズがあることを改めて実感しています。この事業は2008年以来、多くのメーカーさんにご登場いただき、継続しています。

「パッケージと映像制作では分野が違いすぎる」と言われることもありますが、私には一貫した考えがあります。例えば、昨今注目されている環境問題、特に「フィルムは有害だ」といった議論や、「ノンラベル」化の流れは、10年前から想定していました。「もしラベルがなくなったら?」と考えた時に、QRコードは必ず残るだろうと。そして、QRコードを通じて外部媒体に繋げる必要がある、と考え、その出口を先に作っておく準備をしていました。
だからこそ、私たちは「ラベル・トゥ・ブロードキャスト(Label to Broadcast)」という言葉を掲げています。
「包装から放送へ」です!(笑い)
「地球の歩き方 日本酒」プロジェクト
ここからが、まさに今、私たちが苦悩している部分です。アンゾフの成長マトリクスを安易に考え、「新しい市場に新しい製品を持っていけばうまくいく」と思って始めたのですが、これが本当に難しい。コロナ禍でバーチャル展示会を試みましたが、コロナが収束すればその需要もなくなってしまいました。
今、私たちが力を入れているのは、シュリンク包装で繋がりのあった酒造関係の方々との連携です。「何か新しい市場はないか」と考えていたところ、皆様もご存知のガイドブック「地球の歩き方」の編集長、宮田さんと偶然知り合いました。彼が日本版を出そうとしていると聞き、「日本酒なら地酒がたくさんあるじゃないか!」とひらめいたのです。

こうして誕生したのが、「地球の歩き方 日本酒」です。現在15号まで出版していますが、47都道府県すべてを網羅するまでは、まだまだ長い道のりです。このサービスは「シュリン」という名称で展開しています。「ク」をつけると「シュリンク」になるんですよ(笑)。
技術をビジネスへ
私たちは「優れた技術を優れたビジネスに転換する」ことに強い興味を持っています。自らもビジネスを展開する一方で、お客様の技術をビジネスへと導くお手伝いもさせていただいています。
5年間の目標と組織の進化
最後に、私自身の5年間の目標についてお話しさせてください。2030年までの5年間で、私自身が会社から少し距離を置くことに挑戦したいと考えています。小さな会社では「社長がいては伸びない」と言われることもありますからね。
神戸空港を基点とした新ビジネス構想
私は経済同友会に所属しており、目の前には神戸空港があります。この神戸空港が国際化の第一歩を踏み出したことは、本当に喜ばしいことです。私は国際化推進の特別委員会の委員長を務めているのですが、活動が多忙になってきたので、「これを仕事に繋げなければ」と考えるようになりました。

そこで、神戸空港を起点としたビジネスを構想しています。一つは、先ほどお話しした日本酒と絡めた「酒造ツーリズム」です。神戸空港を起点に、様々な地域の酒蔵を巡るツアーを企画できないかと考えています。
また、発酵ビジネスとの連携や、弊社の機械の海外展開も進めたいですね。ネスレやP&Gのような大手ブランドメーカーにはアプローチできていますが、現地のローカル企業にはまだまだ入り込めていないのが現状です。
そして、メディア事業にもさらに力を入れていきたいと考えています。
理想の組織像を求めて
弊社のこれまでの組織の歩みについて、横軸を「所属性」、縦軸を「独自性」としてお話しさせてください。ダイバーシティが叫ばれる昨今、「社員の独自性を高めよう」という風潮がありますが、私はむしろ「所属性を高めること」が重要だと考えています。ダイバーシティが進みすぎると、会社は崩壊しかねない、と本気で思っています。
2001年以降、振り返れば本当に大変な時期もありました。当時は必死で、排他的に「こうしろ」と指示し、価値観の合う者だけが残るような、私自身も厳しかった時代でした。
しかし、2008年から新卒採用を始め、組織文化を作ろうと試みました。この頃は「同化」の時代で、社員の独自性よりも「日本テクノロジーソリューションの社員」としてのまとまりが強かったですね。
そして2015年頃からは、「ダイバーシティ経営」を掲げるようになりました。しかし、このあたりから一貫性が少し崩れるというか、私たちが幅を広げているつもりでも、ばらつきが多くなった印象です。
今、私たちは本当に理想の組織とは何かを日々考えています。それは「所属性が高く、同時に独自性も高い」組織です。これを「包摂」や「共同体」と表現しています。新しい事業を複数立ち上げていきたいという思いの中で、この「包摂共同体」の中から生まれる事業こそが強いと信じ、今まさにその実現に向けて奮闘している最中です。
私からの発表は以上となります。本日は誠にありがとうございました。